日々、量子力学の研究が進み、これまで物理の世界で言われてきたことが変わってきています。
私たちは、科学というものを重要視してきました。
その科学で証明されたものを、すでに先人たちは知っていたということもわかってきました。
私たちが今見ている世界は、本当の現実なのでしょうか?。
この世界は「仮想現実」だとも言われています。
その理由の一つが、同じ現実を見ても人に寄って見方が違うということです。
同じ出来事でも、人の捉え方によって違う出来事になります。
それぞれの脳が、その人の現実を創っています。
私はとても不思議な体験をしたことがあります。
街中を歩いていて、突然、自分だけがこの世界に存在していて、今見ている人々は仮想の存在ではないかという感覚に陥ったのです。
映画の中に、自分だけが入ってしまった感覚です。
肉体もそうです。
この肉体はアバターという人もいます。
素粒子の観点からいうと、この肉体は超高速で点滅しており、脳が肉体として見ているだけという説もあります。
「現世」と「常世」という言葉があります。
「現世」= 現れる世です。
「常世」= 常にある世です。
この漢字のまま解釈をすると、「現世」は人に寄って現れ方が違うということです。
「常世」とは誰が見ても常に存在している世界ということです。
つまり、私たちが地球を離れた世界、「あの世」と呼ばれる世界こそが本当の世界とも言えます。
先人たちは、そういう世界の存在をすでにわかっていたからこそ、このような言葉を作っているのです。
量子力学の発展により、仏教の教えが科学的に証明されてきています。
特に私たちが「空」とか「無」と呼んでいる存在も量子力学で説明することができます。
2千年以上前の仏教の教えに、宇宙の法則が説かれているのです。
先人たちは、どうしてそのようなことが分かっていたのでしょうか?。
現代人が忘れてしまった能力があったからなのかもしれません。
言葉もそうです。
「類は友を呼ぶ」「氣が合う」「波長が合う」これらの言葉も、今、量子力学で言われている素粒子の存在を先人たちは知っていたからこそ生まれた言葉です。
私たちはエネルギー(氣・周波数)を持っていて、それを発しています。
そのエネルギーと共鳴するものを引き寄せ合っています。
そういうことを知っていたのです。
先人たちは、現代人より遥かに感じる能力が高かったようです。
古代人は、巨石や大木に特別な存在を感じ祈っていました。
自然崇拝をしていました。
これが神道の始まりです。
つまり、巨石や大木などに特別なエネルギーを感じていたのです。
それが祈りとなり、感謝となったのです。
この世のすべてのものに感謝をしていたようです。
古神道とは、神殿をもたず、自然への畏敬の念から生まれたものです。
だから、一般的に宗教と呼ばれるものとはまったく別物です。
日本人は、古来から祈りと感謝の民族なのです。
先人たちは、その経験、体験から様々なものを私たちに残してくれました。
しかし、その貴重な教えも時代の流れとともに失いつつあります。
今こそ、先人たちが残してくれたたくさんの教えを学び直すときではないかと思っています。
今日の〆に、斎藤一人さんの言葉です。
「我は神なり、愛と光なり」
★メールでの無料相談も行っています(面談の場合は有料)。
メールアドレスは、下記にあるプロフィールをご覧ください。
また、過去の投稿もプロフィールの下にありますので、
興味のある方はご覧ください。