今日は、「願望実現を加速させる「無限の力」豊かさの源泉はココだった」の著者清水慈永(たえ)さんのお話を読みとても共感したので皆さんにもシェアしたいと思います。
では、本題に入ります。
【黒い自分を消したい?】
「痛いところほど、本当は大事なのかもしれない」
見たくないところ。
触れたくないところ。
認めたくないところ。
そこにこそ、人生を変える鍵が隠れているかもしれない。
その「見たくないもの」の中でも、特に多く人が<なかったことにしよう>とするものがあります。
それが黒い自分です。
嫉妬する自分
意地悪なことを思う自分
分かって欲しくて拗ねる自分
思い通りにしたい自分
こういう自分って、あまり見たくないですよね。
できれば、そんな自分はいないことにしたい。
優しい自分でいたいし、愛のある自分でいたい。
多く人が、そう思うと思うんです。
でも私は、ここにすごく大事な<勘違い>があると思うんです。
日本の神様って、完璧で優しいだけじゃないですよね。
意外と人間くさいところがあるんです。
傷ついて隠れてしまう神様もいる。
激しく、衝動的で、問題を起こす神様もいる。
大切なものを失って、受け入れられずに、追いかけてしまう神様もいる。
つまり、日本の神様って、一面だけじゃないんです。
光の面もある
激しい面もある
弱さのように見える面もある
それでも神様なんですよね。
それなのに私たちは、自分に対してだけは、
優しくなきゃいけない
怒ってはいけない
愛がなきゃいけない
いい人でいなきゃいけない
そうやって、<人からよく見られる自分>でいようとします。
でも、そうするとどうなるか。
切り捨てた黒い自分は消えません。
消えたふりをして、別の形で出てきます。
人をジャッジする
自分を責める
被害者になる
コントロールしたくなる
それをやるから、結局、自分が苦しくなったり、疲れてしまったりするんです。
これは、押し込めたものが、地下で暴れているようなものなんです。
だから大事なのは、黒い自分を消すことじゃない。
「こんな自分がいたんだね」と知ってあげることなんです。
意地悪な自分も大切な私の一部
寂しい自分も大切な私の一部
分かって欲しい自分も大切な私の一部
優しい自分ももちろん大切な私の一部
その全部が、かけがえのない自分。
どちらだけを大事にして、どちらだけを切り捨てている限り、人はずっと苦しいままです。
なぜなら、<自分の半分と戦っている>から。
善悪を超えるというのは、悪いことを正当化することではありません。
切り捨てていた自分を、ちゃんと自分の中に戻していくことです。
黒い自分がいることを認めたからといって、そのまま誰かを傷つけていい、という話では、もちろんありません。
そうじゃなくて、
「私はこんなことを思っていたんだ」
「本当はこんなに寂しかったんだ」
「本当はこんに認めてほしかったんだ」
と、自分の中にあるものに、気づいてあげることなんです。
そこに気づけるようになると、人は少しずつ楽になり、<創造の次元>が上がるのです。
人間関係がラクになる
無理して合わせる必要がなくなる
やりたいことを躊躇なくやれるようになる
このままずっと、黒い自分を見ないままだと、何も変わりません。
[~しなきゃ]という苦しくて、辛い日々が続くのです。
だから私は、黒い自分も排除するんじゃなくて、自分の大切な一部として、見てあげることが大切だと思っています。
優しい自分だけが、本当の自分なんじゃない。
意地悪な自分も
拗ねる自分も
偉そうにする自分も
全部かけがえのない自分なんです。
そこを認められると、ようやく<自分との戦い>が終わりを迎えるんですよね。
以上
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